それは'05年11月のとある日のこと。連日連夜深夜まで仕事をしていたためか、朝ベッドの上で目覚めると身体がだるく、脳ミソのアイドリングも普段にまして回転が低い自分に気がついた。
仕事のピークは越していたので昼から出社しよう、そんなつもりでボケーっと朝の支度をすまし、クルマに乗って家を出た。天気は曇り。今にも雨粒が落ちてきそうな空模様は、その日のボクの表情と同じくらいに冴えないモノだった(ボクのカオはいつだって冴えないけど)。
クルマで通勤すると必然的に某ポルシェセンターの近くを通ることになる。なるべく遅く会社に到着したかったボクは、ちょっとだけポルシェセンターに立ち寄ることにした。前々から987型ボクスターが気になっていたからだ。クルマを駐車スペースに停め、自動ドアがオープンしたその瞬間、その日の自分が限りなく小汚い“レギュラー落ち”の普段着を着ていることに気がついた(レギュラー:デートやディナー時に着るいわば勝負服/レギュラー落ち:主に会社用の服装。着古したり汚れてもいいよう、あまり気に入っていない服、もしくは昨々々シーズンの服が選ばれる)。
「いらっしゃいませ」
そんなこともあって、受付に座るキレイなオネーサンの声にちょっと気後れした。でもこの日のボクにはクルマを買うつもりはさらさらない。ただ出勤の時間を稼ぎたいのと、今後長い時間を掛けてボディカラーを悩むために実車をいちど見せてもらいたいだけなのである。
この日初めて訪れたポルシェセンターなので、もちろん営業さんも初対面だ。うむ、感じのいい方じゃないか。では早速、営業さんにクルマを見たいとの旨を伝える。当時のボクはボディカラーは“アトラスグレーメタリック”(濃い目のグレー)、インテリアはブラック、がいいかなと思っていたが、当然そう都合良く同じ仕様のクルマがショールームにあるはずもなく、偶然ファクトリーに入庫していたオーナーカーを見せてもらうこととなった。そして対面。おーカッコイイじゃないかい。うーんコレコレ。イイねー。うん? そこで目がいったのが、そのグレーのとなりに並んでいたソリッドブラックのボクスター。サンドベージュの内装が眩しい。
ボクの心は一瞬にして傾いた。カッコイイ。カッコよすぎるぜ。アドレナリンがシリンダーに噴射され着火するのがわかる。レッドゾーンまで回転が上がるボクの脳ミソ。欲しい。今すぐこのクルマが欲しい。
「コレ下さい」
いつかは買うだろうとは思っていたが、まさかこのタイミングとは我ながら予想してはいなかった。しかし、こういう類の買い物には何より勢いが必要なのだ。たぶん。
ボクはすぐに会社に電話を入れた。ゴメンなさい今日は休みます、と。何せポルシェを買うのだ。長い一日になりそうだ…。
しかし印鑑も書類もなにひとつ持っていなかったので、とりあえずだいたいのオプションを選び、見積もりを出してもらうことにした。やれやれ、疲れたぜ。天気も悪いし、その日は帰って寝ることにした。正式の契約はまた明日だ。